2010.04.22 Thu
【私的音楽評】NO.44 ニシセレクト15 担当ニシトオル

坊主よ、カーネーションの花を知っているか?

「言ってた靴と同じでしょ?どこがちがうのよ!」
「・・・ねえ、家に帰ったらゲームする時間、ある?」
「だから、その前に靴を買うんでしょ!」
「ゲームする時間、ある?」
「ママは靴の話しをしてるの!」
ボックス席の向いの母子の会話は、ずっとこの繰り返しだ。
どんよりとした曇り空の午後、湘南新宿ライン下り線。二人は渋谷から乗ってきた。
座った時からお母さんは眉間にシワ。小さな男の子はお母さんのコートの裾を握って、彼なりに険悪なムードを感じているようだった。
俺は仕事の資料を読むのをやめた。となりの婆さんも単行本を閉じていた。
迷惑ですとも言えない。少し損をした気分だった。
(こらっ坊主、質問に答える努力をせんかい、努力を)
「ママは忙しいの。今日はお仕事休んだのよ」
出た、大人の都合。
これは言ってはいけない。でも仕方がないのかな。母の苦悩。
「どれもこれもダメって、何で?新しい靴、ほしいんでしょ!」
「うん・・・・でも・・、家に帰ったらゲームする時間、ある?」
「もう、知らない!」
お母さんの中で何かが切れて、袖から手を払った。
「もう帰る。横浜では降りないからね。靴は買わない」
ついに最後通告。
ギュッと握った小さな手。見上げる小さな瞳。
お母さんだって目を閉じて辛そうだ。ああ事態は最悪。
電車が鶴見川を渡った時だった。
「ごめんなさい、でしょ?」ふいに隣の婆さんが言った。
予想外の展開に3つの顔が婆さんを向いた。
「あっ、お騒がせして、すみません」
お母さんは我に返りあわてた。
「いいんですよ。さあ、ごめんなさい、しようね」
細い指がトントンと小さな膝小僧にやさしく触れた。
お母さんは深呼吸しているようだった。
ちゃんと男の子の顔を見ている。もう眉間のシワはない。
半ベソかいた顔の突き出たくちびるが動いた。
「・・・ごめん・な・さ・・・」
声に出すと涙が出ちゃうんだね。ふんばれ!坊主。
そして二人は横浜駅で降りた。
お母さんはしっかりと男の子の手を握っていた。
なあ坊主。
新学期、新しい靴の調子はどうだ?
その靴にはおまえの名前が書いてあるだろ?それはお母さんが書いたんだ。ママの字だ。
なあ坊主。
男は泣いても、女を泣かせちゃイカンのだ。
なあ坊主。
カーネーションの花を知っているか?来月は母の日だぜ。
かりゆし58/アンマー(2006)
http://www.youtube.com/watch?v=xG9cZ4saLkI&feature

元不良が母(アンマー)への感謝を愚直に綴った唄。エンディングの歌詞がグッとくる名曲だ。
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| 週刊木曜日私的音楽評 | 12:43 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑