市民による市民のための音楽活動支援団体「NPO法人ARCSHIP」

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【私的音楽評】NO,129 ニシセレクト37 「ALWAYS三丁目の夕日」

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いま求められる、何か

怒られるかもしれないが
昔の日本の方が良かったという意見に、俺は「そうかなあ」と思う。

昭和30年代の東京下町を描いたALWAYSという映画がある。
それは昭和33年生まれの俺にも、うっすらと思い出せる世界だ。
もちろん俺は観て泣いた。
今だって、あのテーマ音楽を聴くと涙腺がゆるむ。
俺が憶えている昭和30年代は……、たとえば“呼び出し”電話。
当時小学校のクラス名簿の電話番号の横には、
“呼び出し”のただし書きが、半数はあった。
電話はまだ家庭には普及していなかったのだ。
我が家の場合だと、
電話機がある近くのお菓子屋ヒライのおばちゃんが我が家まで走ってくる。
「ニシさーん、電話だよ」
すると母がエプロンで手を拭きながら「はーい」と言ってお菓子屋まで走る。
なぜだか子どもの俺も後追う。
電話の用件が済むと、母とヒライのおばちゃんは長々と世間話をする。
その時をじっと我慢をしていると母はキャラメルを買ってくれた。
ヒライのおばちゃんは我が家の事を良く知っていたし、母も頼りにしていた。
親戚でもないのに上がりこむのは日常茶飯事。預けられて泊まったこともあった。
だから俺の場合、ALWAYSのテーマ音楽とヒライのおばちゃんの笑顔が重なる。
つまりノスタルジーなのだ。だから泣けるのだ。
とはいえ、昭和30年代を俺は美化しない。
実際に空気は汚く、横浜駅前なんて吸殻とゴミが舞っていたし、
ひどい話だが両足が無い太平洋戦争復員兵が空き缶を前に路上に座っていて
通行人はそれを素通りした。(元日本兵の父は無言でお金を入れていたが)
だから昔の日本が良かったとは思わない。

ここからまた話をひるがえすが、
あのALWAYSを観て昭和30年代を知らない世代が泣くという。不思議だ。
それはリアルなノスタルジーではないだろう。
しかし冷静に考えると、
そこらへんに日本が失ってしまい、いま一番求められる何かがあると思う。
みんなが「こういうのいいなあ」と思う何かが、若い世代の涙を誘う。
それは何なのだろう。

「トオル君お帰り、新しいセーターが似合うね」
ヒライのおばちゃんが夕日の中で手を振る姿。その向こう側にそいつはあるのだ。

市民団体アークシップの一員として、求められているその何かを探したいと思う。

ALWAYS 三丁目の夕日(オープニングテーマ)
http://www.youtube.com/watch?v=7ScEuneCtJ8&feature=related
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